そうか、あなたは翻訳者か。それなら、言葉に対する思い入れは深いはずだ。適切な言葉を探して知恵を絞る挑戦を生きがいとし、当然ながら、分詞と動名詞の違いも分かっている。スタイルや規定の用語、文化的なニュアンスはもちろんだが、何よりも仕事の質にこだわるはずだ。あなたは言語学者であり、ライターであり、文化の専門家であり、数多くの分野のエキスパートであり、研究者であり、IT専門家であり、グラフィックデザイナーだ。いわば、1人オーケストラと言ったところか。自主的に働き、完璧の追求に突き動かされている。
そう、あなたは翻訳者だ。それなら、読めば読むほど退屈なテキストに長時間向き合っていることだろう。取り組んでいるのは、誰にも読まれない自動車業界の長たらしいマニュアルかもしれないし、誰にも必要とされないヘルプファイルかもしれない。気候変動や環境保護に関心がなくても、文を再利用することを強いられていたりする。そうそう、それから瞬く間に落ちていく翻訳レートに、タダで翻訳を依頼されるのも時間の問題だと思っているかもしれない。
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上空を雲が覆いはじめ、あなたは何かの気配を感じる。自動化という聞きたくない言葉が耳に入ってくる。顔の見えない群衆の正体も日に日に明らかになってくる。無料のオープンソース・ソフトウェアを目にするが、無料なんて見せかけだけのうたい文句かもしれないと思う。『連携するか滅びるか』、『食うか食われるか』という表現に出くわすたびに恐怖と不安に包まれ、子供のこと、住宅ローン、実現途上の夢など、将来が心配になる。だが、こうした表現に考えさせられたりしないか?周囲を見回して、先入観にとらわれずに自分の選択肢を検討する気持ちにならないか?
大局をとらえるのは必ずしも簡単じゃない。一人オーケストラで複数の楽器をこなしつつ、急激な変化についていくのは、ほとんど神業といっていいだろう。大局をとらえるには、フリーランス翻訳者のミクロの世界の先を見て、業界とその先で何が起きているのか理解しなければならない。現在、重大なマクロ的変化が業界に世界的な影響を及ぼしている。あなたの置かれた状況に対処し、将来に向けた解決策を導き出すには、私情を排して客観的な影響評価をするしかない。一部の人にとっては夢のような計画かもしれないが、目を背けても、どれだけ嫌でも、現実は目の前に迫って来ている。
まず、オープンイノベーションのパラダイムを検討しよう。William Chesbrough1 (ウィリアム・チェスブロウ)は、次のように指摘している。企業は自社の人材が賢い人ばかりではないこと、競争力は得てして他者の発見の活用や、自社のビジネスモデルを自社だけでなく外部のアイデアにも開放することから生まれる事実に気づき始めた、と。このことは、企業が情報を外部に公開し、新たに出現した連携のトレンドを受け入れる中で、新しいビジネスモデルに多大な影響を与えている。
次に、ウェブの進化と、それがあなたにとってどんな意味を持つのか考えよう。静的で一方向的な、受け身の使用しかできなかったウェブ1.0から、動的で双 方向の、すべての面で積極的な連携を促進するアーキテクチャを持つウェブ2.0へと進化してきた。そして、想像を超えた容量と処理能力を持つクラウドコン ピューティングとそのデータドライブ・アプローチをそれに追加すれば、あなたはコンテンツの内容に大きな影響力をもつ技術を手にすることになる。 Common Sense Advisory社の調べによると、翻訳が必要なコンテンツは年間50%の割合で増えている。
3番目に、現在の経済情勢を考えてみよう。『経費節減』といった表現を何度も何度も耳にしてうんざりしているかもしれないが、あらゆる角度から予算カットが行われている事実を軽視することはできない。翻訳も例外ではない。企業は翻訳に充てる予算の捻出に苦労している。予算内でより多くの翻訳処理を行うことを決断する企業もあれば、予算削減を迫られるところもあり、中には従来の半分の予算でコンテンツ増加に対応しているところすらある。
こうした状況を踏まえると、企業や団体は利用可能な技術を活用し、急増する翻訳需要に対応する革新的な解決策を見つけなければならない。技術の進歩によって、多くの手作業を自動化によって置き換えたり強化したりできるツールやプロセスが可能になった。また、そのおかげで、ごく限られた専門家の技術だったものが誰でもできるようになった。言語データのレバレッジ活用はその一例だ。TAUSはその主導権を握り、既に多くの企業会員に利用してもらっている。数理言語学以外でも、機械翻訳がついに本気で考えられるようになった。数年内に機械翻訳をワークフローに導入しようとする企業の大多数も、この課題に真剣に取り組むようになった。IT調査会社のGartnerによれば、オープンソースのプロジェクトは14カ月ごとに倍増の伸びを示しており、2012年までには企業の90%が何らかの形でオープンソースのツールを使用するようになる見通しだ。それに、知恵、空き時間、余剰能力を持つ群衆がいる。群衆の力を活用する企業は世界中で増えているし、今後の課題に挙げる企業も多い。翻訳プロセスは、ビクトリア時代の蒸気の発明と似た変化をたどっている。ラッダイトといったテクノロジー嫌いについて触れる必要もあるまい。
それでは、翻訳者であるあなたにとってどんな利点があるのか?どうすれば、この変化の犠牲者ではなく、主体になれるのか?どうすれば、言葉や品質に対するこだわりを捨てずに新しいトレンドの波に乗り、生活を維持できるのか?あなたにはどんなオプションがあるだろうか?
まず、『オープン』について考えよう。政府はデータをオープンにしている(公開している)。ソフトウェア企業は(最近はSDL Tradosでさえも)ソースコードをオープンにしている。欧州連合(EU)のような大きな組織も、言語リソースをオープンにしている。産業界で開かれた 革新という教義が広まるにつれ、『オープン』がキーワードになってきた。だが、もっと大事なのは、トレンドや技術の点で『オープン』に考えることだ。 機械翻訳やクラウドソーシングに対する偏見は大抵、関連プロセスについての知識不足や未知に対する恐れによって増長する、との研究結果もある2。オープンで前向きな態度と偏見のない視点で臨まなければ、こうした新技術やプロセスの持つ潜在的なメリットは見えてこない。
次に、『オープンツール』を考えよう。技術は味方であり、敵ではないと考えよう。想像してみよう。あなたの一人オーケストラが才能ある音楽家の集まるバン ドとなり、指揮者なしでも大聴衆相手に大曲を演奏する可能性を。世の中には、それを可能にする無料ツールが存在する。無料で利用できるのだから、高額なラ イセンス契約や初期投資も必要ない。確かに、ベンダーの有償ツールに比べれば、機能面で劣ったりもする。しかし、どんどん良くなっているし、その性質上、 ユーザーコミュニティによって常に改良され続けている。もちろん、ファイル変換にはちょっとしたテクニックが必要だが、コミュニティによるサポートはたく さんあるし、ちょっとした努力で乗り越えられる問題だ。
トレンドの最前線に立ちたいなら、必要な技術を持った信頼できる仲間を見つけて中間業者を排除し、一番いいところを取ろう。翻訳メモリや用語集を共有し、 お互いの仕事を評価するなど、リアルタイムで協力できる。品質保証にはこの方法が一番効果的だと確信する翻訳者は2人に1人、とする調査結果もある。面倒 は嫌で手軽さを求めるなら、無理はせず、都合のいい時に必要なだけ翻訳すればいい。翻訳の受発注を支援するウェブサイトは急増中であり、新規顧客を見つけ るいい方法になる。
オープンツールはちょっと、という向きには、低価格で高機能なSaaSツールを利用する手もある。これならオンデマンドで利用でき、翻訳会社の力を借りなくても、プロジェクト実施に必要なすべてが揃う。新しいXTM Cloudがいい例だ。XTM Cloudには対面型のウェブショップもあり、既に何社か登録している。ここでは、翻訳者とクライアントが支払いなど全取引を直接行う。
共有を始めよう。もちろん、苦労して構築した翻訳メモリは貴重な財産だ。だが、それは、他の翻訳者の翻訳メモリも同じだ。自分の『才能』を独り占めして、埋もれさせてはならない。共有することで財産を増やし、自分が入力した以上のものを手に入れることができる(TAUSなら10倍以上だ)。リポジショニングで最も人気の選択肢は分業化、という研究結果もあるから、グループで仕事をして翻訳メモリや辞書を共有している場合、あなたのデータが活用される可能性は極めて高い。あなたと仲間は、大型のプロジェクトをクライアントから直接受注し、すべての中間コストを回避して迅速かつ効率的に納品することも可能だ。クライアントは節約に魅力を感じるだろう。あなたも隙間市場を見つければ、新しい技術の学習やプロセス立ち上げまでの努力がたちまち報われることになるだろう。信頼する仲間と働くことができ、市場へのチャネルも仲間の数だけ倍増する。さらに大きな仕事を受注した時は、コラボツールによっていつでも拡張が可能だ。
3番目に、『プロセス』を考えよう。あなたの懸案事項の中で、おそらくクラウドソーシングの優先順位は高くないだろう。営利企業ではクラウドソーシングという発想に対する抵抗は根強い。だが、プロの翻訳者はクラウドソーシングという概念について何となく知っているとの調査結果もある。そのメリットの理解と不十分な知識による不安が対立する傾向がみられるという。ただ、クラウドソーシングは一時の流行ではなく、近い将来に消滅するものではないという点で、ほとんどの翻訳者の意見は一致しているようだ。
『フィナンシャルポスト』紙は、クラウドソーシングは大企業では既に成熟期に入っており、小企業のソリューションとなる方向に進んでいると伝えている。企業に合ったソリューションを提供するクラウドソーシングのプロバイダの例としては、CrowdFlowerが挙げられる。現時点では翻訳部門での活動はあまりないと同社は認めているが、CrowdFlowerの創設者、Lucas Biewald(ルーカス・ビーワルド)は、価値創造の余地はあるとし、このモデルが広く採用されるにつれて、プロの翻訳者たちが将来的に営利目的の活動に関わる潜在性はあると確信していると話す。 Jost Zetzsche(ヨースト・ゼッツェ)が述3べているように、クラウドソーシングはプロの経験とリーダーシップが必要なプロセスであり、プロ翻訳者はクラウドソーシングのプロセスを組織し、維持し、その品質を管理することによってメリットを期待できる。調査によれば、現時点でこの分野への参加に積極的な翻訳者は全体の10%に過ぎないという。Translation and L10N 2.0には、ワークフローの核心にコミュニティが存在する。したがって、ボランティアとともに働くプロ翻訳者のニーズと需要があるのははっきりしている。
また、価値連鎖を上昇させる潜在力も大きい。大量の会計士が経営コンサルタントの職務に就けるように、プロ翻訳者も付加価値のあるコンサルティングサービ スを展開し、文化的、技術的、またはオーサリングの問題についてアドバイスを行ったり、コントロールドランゲージのサービスを提供したりする可能性も考え られる。あなたの役割は従来に比べ、ずっと重要になり、変化を遂げ、楽しさを増す可能性がある。あなたが最もこだわるものを犠牲にする必要なしに発展する こともできるだろう。
従来の秩序を乱す変化に抵抗はつきものであり、後には犠牲者が残る。だが、変化を積極的に受け止め、変化がもたらすリソースを活用しようとする人には、素晴らしい機会がもたらされることになる。世の中にのさばっているご都合主義の人たちのことは忘れよう。ブームに便乗しようとする人は、いつでも存在するものだ。プロの世界では、翻訳者はタダ働きを依頼されたりしないし、Garcia4(ガルシア)が予想する低賃金のコールセンターのような状況に追い込まれたりもしないだろう。 私は、新しいツールとプロセスは多様化と成長に関して新たな役割と機会を生むと主張するBateman5(ベイトマン)の意見に賛成だ。
Darwin(ダーウィン)の言葉を借りれば、生き残るのは最も強い者でも、最も知的な者でもなく、最も変化に適応できる者だ。そして、もし変えられないものがあるなら、それに対する考え方を変えればいい。結局、すべては姿勢から始まるのだ。『オープン』こそ未来のキーワードである。オープンな心と(言語と人材の)オープンリソースの持つ潜在能力さえ想像できれば、納得するはずだ。変化は一夜にして起こるものではない。しばらくは現状維持のままでいられる点は幸運かもしれない。しかしながら、翻訳業界の構造的な変化は深いところで進行中である。実情を正確に把握し続け、オープンな心を持つことが賢明だろう。
参考文献:
1 Chesbrough, Henry William (2006) Open Innovation: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology, Boston: Harvard Business School Press
2 Joanna Goughがサリー大学(英国)で修士号取得のために実施した調査。主に欧州(67%)と北中米(14%)を拠点とする翻訳者を対象とした調査。有効回答数224。調査実施期間:2010年7月12日から同8月22日
3 In Malcolm, Rachel (2010) ‘Crowd Control’, in ITI Bulletin, January-February 2010, pp 6-9
4 Garcia, Ignacio (2009) ‘Beyond Translation Memory: Computers and the Professional Translator’ in The Journal of Specialised Translation, Issue 12, pp 199-214
5 Bateman, Scott (2009) ‘Capitalizing on trends reduces translation costs’, in Multilingual, July/August 2009, pages 43-47
(Tradução de Osmar Nonato n Lima)




